大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和28年(う)756号 判決 1953年6月29日

控訴人 被告人 韓永煥

弁護人 河合与

検察官 友沢保

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人河合与の控訴趣意第一点について。

原判決が、昭和二八年一月二七日附起訴状記載の覚せい剤譲渡行為と同年三月三日附起訴状記載の覚せい剤譲渡行為とが包括一罪をなすものと認定しながら、主文において後の起訴事実に対し公訴棄却の言渡をしなかつたこと及び前の起訴状の訴因の変更をしなかつたことは訴訟記録によつて明らかである。しかしながら検察官としては、後の起訴事実が前の起訴事実と併合罪の関係にあるものとの見解のもとに追起訴の形式をもつて前の公訴の係属している大阪地方裁判所に対して公訴を提起し、同裁判所は両事件を併合して審理しすべてを包括一罪となるものとの見解で判決したのであり、起訴と判決との間に罪数に関する見解を異にするだけで、両起訴状に記載の事実と原判決認定の事実とは具体的に異なるところはなく、被告人の防禦上不利益な影響を及ぼすところがないのであるから、特に後の起訴事実について公訴棄却の言渡をする必要はなく、また、あえて前の起訴状の訴因を変更するという手続によらなければ審判できないというわけでもない。

本論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決挙示の証拠によれば、被告人が覚せい剤であることを知りながら原判示第二の譲渡行為に出たものであることを認めることができる。所論の鑑定結果復命書は、被告人が自宅において所持していたもののうち覚せい剤の疑のあるものの鑑定結果を記したものであつて、もとより本件譲渡の目的物に関するものではないのみならず、その記載の薬品中にも覚せい剤が存在しているからこれを以て本件譲渡の目的物が覚せい剤でなかつたと認めることができない。その他一件記録を精査しても原審の認定に所論のような誤りがあるとは認められない。

同第三点及び被告人の控訴趣意は量刑不当を主張するにあるけれども、記録を調査しても被告人に対する原審の科刑が重すぎるとは考えられない。

よつて刑事訴訟法第三九六条第一八一条に則り主文のように判決をする。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 網田覚一 判事 井関照夫)

弁護人河合与の控訴趣意

第一点本件昭和二十八年一月二十八日附起訴状の公訴事実には、被告人は小森賢一に対し昭和二十七年十一月十五日頃から同二十八年一月六日頃までの間接続して前後約五十八回に亘り二ccアンプル入覚せい剤注射液合計約一万四千三百十本を譲り渡したものである、同昭和二十八年三月三日附起訴状の公訴事実には、被告人は昭和二十七年四月二十日頃から同二十八年一月十日頃迄の間接続して前後約九十回に亘り小森賢一外六名に対し覚せい剤注射液合計約一万六千五百本及び覚せい剤粉末合計九百三十瓦位を譲り渡したものである、と各記載せられており、原判決は其の事実理由第二において右両公訴事実を合せて、被告人は同年(昭和二十七年)四月二十日から昭和二十八年一月十日頃迄の間接続して前後百数十回に亘り同市西成区東萩町十八番地の自宅外数箇所において小森賢一外六名に対し覚せい剤注射液二cc入及び五cc入取交ぜ合計三万八百十本位覚せい剤粉末合計九百三十瓦を代金合計二十三万五千四百六十五円位で販売して譲り渡したものである、との事実を認定せられている。

然し右公訴事実は本来一箇の行為であるから同一事実について二箇の起訴があつたこととなり後の起訴は当然公訴棄却せらるべきものと思料せらるるに拘らず原判決は此の措置をとられていない従つて先ず此の点において原判決には違法があると言わざるを得ないが更に尚右原判示事実の認定は昭和二十八年一月二十八日附起訴状の訴因を変更して始めて許さる可きであつて訴因の変更なき本件において原判決が直ちに右のように犯罪事実を認定せられたことはこれ亦違法であると言わねばならぬ。

第二点原判決は前記のように其の事実理由第二の中において被告人がかくせい剤原薬粉末を譲り渡した事実を認定せられているが、被告人の検察官に対する第一回供述調書二項に、私は本月八日巡査が私宅に来られかくせい剤を持つていた現行犯として逮捕されましたがその私は四畳半の間にトランクに二ccアンプル入りかくせい剤注射液六百拾本位及びかくせい剤原薬粉末を入れて持つているのを発見せられましたが……粉末は私は原薬と言うて買わされて持つていたのですが鑑定の結果重曹やアンチピリンであつたそうです、との被告人の供述記載があり之れを裏付けする鑑定結果復命書があつてこれ等によると被告人がかくせい剤原薬と信じて買入れ所持していた粉末の中にかくせい剤でないものがあつたことが明かであり尚本件全証拠を調査するも押収せられたものと判示の譲り渡したものとが全然異るものであつたと認め得る証拠は全くない果してそうだとすると右原判示事実については確証なく誤認を疑わざるを得ない。

第三点原判決は本件について被告人を懲役一年に処せられている。然し、1被告人は前科が三犯あるが何れも罰金刑である。2被告人は大正九年日本に渡航し始めはメリヤス工場に働き或は土工などしていたがやがて自ら土木請負業を営むに至り更に戦時中は軍事工場を経営し社会的に相当の地位を築いていたもので敗戦のため燃料の生産等に転じたが思わしくなく昭和二十五年頃から覚せい剤の販売に手を出したようであるが当時は取締法規もなくそれによつて生計を立てたがため其後取締法規が公布せられても急に他に収入の道を得るすべもなく継続したものと思料せらる。3歳既に五十四才家族としては病身の妻があるのみ。以上のような事情を考慮すると原審の右科刑は重きに過ぐるものと思料せらる。

(被告人の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例